出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その5 ローマのかほり〜

 ローマはすごいところだ。何がすごいかといって、首都である街の中に2000年前の遺跡がウジャウジャとあるのだ。遺跡というものにたまらないロマンを感じる私は、この一日、ローマ市内の遺跡を見て回ることにした。

 白タクと、うさん臭いホテルにぼったくられて現金がほとんどないので、とりあえずトラベラーズ・チェックを現金化しなければならない。ホテルを出て暫く歩き、やっと銀行を見つけた。当時の『地球の歩き方』には、「両替詐欺に注意」と書いてある。イタリアの銀行マンは日本のそれとは違って相当のワルが混じっているから、両替したお金をちゃんと目の前で数えないとしっかり抜き取られているということが少なくないそうである。しかし、旅の間中、私はそんなことは一切気にしないでとっとと財布にしまっていた。なぜなら、本をよく読んでいなかったからだ。だから、もしかすると気づかないまま随分と損をしていたのかも知れない。だが、まあいい。昔の話だ。次に行く機会があったら気をつけよう。

 私は『ローマの休日』というあの有名な映画を見た。あんな恋に憧れて、ローマに行ったら『スペイン広場』や『トレヴィの泉』なんかには絶対に行くのだ、と心に決めていた。なんて気持ちはやっぱりこの私にはこれっぽっちもなくて、全くもってどうでもいいと思っていたけれど、近くを歩いていたのでついでだから寄ってみた。実になんてことはない。素通りした。アルバムをひっくり返してみると一枚の写真さえ撮っていない。よっぽど興味がなかったと見える。

 歩いていてまず目に付いたのは、なんだかすっごい大仰な建物。前の晩、白タクの中から見かけて、「なんじゃこりゃ」と思った建物である。『ヴィットリアーノ(ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂)』なる記念堂だそうで、1911年に完成した最近のものである。あまり趣味が良いとは思えない派手派手しさだ。

 この建物を写真に納めていたら、後ろの露店で土産物を売っていたおっちゃんが声をかけてきた。一人だった私を気遣って、写真を撮ってやろうかと言う。別に撮って欲しくもなかったが、折角の好意なので笑顔で受けた。後日、できあがった写真を見てみれば、背景のヴィットリアーノは下半分だけでちょん切れてるし、レンズにおっちゃんの指がかかって写り込んでいるしで、全くまともな写真じゃないが、この旅行中で唯一他の人に撮ってもらった写真ということで、まあ、記念ではある。

 当然といえば当然だが、写真を撮り終えたおっちゃんはすぐに商売を始めた。ローマの観光名所の案内本みたいなものを買っていけという。「中国人か?」と訊くから、「日本人だ」と答えたら何となく機嫌が良くなって、2,3百円分ほど安くすると言った。なぜか中国人より日本人が好きなようだし、写真も撮ってもらったので、お礼の意味も込めてさほど欲しくもないその英語のガイドブックを買った。我ながら相変わらずいいカモだなあと思うが、まあ、明るくて楽しげな良いおやじで、こちらの気持ちも楽しくなったから、それはそれでよい。

 次に私が向かったのは歴史的有名建築物の『パンテオン』である。大学での建築史の授業などまともに勉強した記憶はないが、それでもこの建物の存在ぐらいはさすがに憶えている。現存しているものは再建されたものなので、オリジナルが建てられた時からやや時代は下っているが、それでも1900年近くは前の建物である。外観はシンプル。とにかくでかいドームだ。中へ入ると無茶苦茶涼しい。天然の冷房といった感じ。ドームのてっぺんに天窓が丸く開いていて、そこから差し込む光がスポットライトのように内部を丸く照らす。この穴が直径9メートルあるというから、そのでかさにただ驚く。この時の旅日記には、
「パンテオンってすごい!!」
 と書いてある。なんだかとにかくすごいのである。だが、たいして長居はしない。

 さて、次なる目的地へ向かって歩き出した。それにしても、ローマの街のなんと日本と違う事よ。ちょっと意外な感じなんだが、街なかを走っている車はFIATのコンパクトカーが多く、あまり高級車という感じの車は目立たない。「パー」とか「プー」とか、すこし間の抜けたクラクションの音が聞こえてきて、「ああ、日本と違うなあ」とそんなところにも異国情緒を感ずる。建物が違う。物の大きさ、スケールが違う。やはり日本よりもモノが大きく作ってある。樹が違う。雀も違う。鳥のさえずりが全て耳新しい。もちろん歩いている人間も違うし、街の匂いも違う。ローマの街には何か独特の匂いが漂っているのである。決して嗅いだことのない匂いではないのだが、何の匂いか思い出せない。首都のくせに、そこらじゅうにやたらとうんこが落ちているが、だからといってこれが匂いの正体というわけでもない。私の性質からして、こんな街では足下に充分注意を払わなければならない。一度、小学生ぐらいの少年が私の靴を指さして何かを訴えていたので、「踏んだか!?」と一瞬ドキリとさせられたが、確認するとそうではなかった。人騒がせなガキめ、と思ったが、結局彼が何を言っていたのか分からなかった。私の靴がどうしたのだ?この旅行のために歩きやすさを追求して買い求めたエコーシューズになにか問題があるのか?確かにちょっと変わった色とデザインの靴ではあるけれど、指をさされる筋合いはない。

 それにしても、歩いていると歴史的な建造物やら遺跡やらがそこら中にあるのでとにかく感心する。古代ローマ帝国だけではない。ルネッサンスのミケランジェロやらなにやら、有名人の関わった広場や建物が目白押しで、とにかく驚く。この時の旅日記には、
「ローマってすごい!!」
 とも書いてある。

 さて、その晩の宿は早めに決めるつもりだったが、それでもまさか午前中から宿探しをするのもどうかと思うので、しばらくの間、荷物はすべて背負ったままの徒歩移動であった。五月のローマはカラッとしていてとても爽やかなのだが、それでも日差しは強烈で気温もかなり高い。湿度が低いので日陰に入ればうそのように全く暑くないが、街なかを歩いていればやはり日陰ばかりというわけにもいかない。重いリュックを背負ったまま歩き回っていると、さすがに暑くて喉がカラカラになった。と、気づいてみれば、目の前には有名な『カラカラ浴場』の遺跡がある。なんというタイミングのよさか。といって、実のところはちゃんと分かって歩いてきたのであるが、別にここでうまく喉をカラカラにしようとは思っていなかったので、やはりそこは意図しない体感的ダジャレのできあがりである。

 さて、よくわからないままやって来たけれど、いざ『カラカラ浴場』を見物しようと思ったら、どうもここには入れないようだ。ガッカリである。鉄柵越しに眺めるしかない。しかし、たいしたものが見えるわけでもなく、つまらないので早々に立ち去ることにした。側にちょっとした食品系の露店があったので、立ち去る前に私はそこで水を買った。これで喉のカラカラを癒そうと思ったのだが、水を買うときに大事な一言、
「センツァ・ガス」
 を付け加えるのを忘れていた。どういう意味かと言えば、「ガス抜きで」ということである。基本的にイタリア人の飲む水は炭酸水である。これは日本人の口には合わない。ただ「水をくれ」と言うと炭酸水を渡されるので、この「センツァ・ガス」という一言は忘れてはいけないのである。しかし、口をつけてから気づいたのでもう返すわけにもいかないから、仕方なく飲んではみるものの、やはり不味い。それでも冷えているうちはよかったが、ちょっとぬるくなったらもう飲めない。ゲップは出るし、苦く感じるしで、結局飲み干すことができずに捨てることになった。あの人達がどうしてあんなモノを飲んでいるのかよくわからない。

 続いて私がやってきたのは『コロッセウム(コロッセオ、コロシアム)』だ。あのあまりにも有名な古代の闘技場である。これは紀元80年にできているので、築1900年ちょっとである。遠くから見れば綺麗に見えるが、近づいてみればかなりメロメロになっている。大理石でできた部分は風雨にさらされてデロデロととろけた風味であるし、後の時代に建築資材としてあっちこっち持っていかれたそうで、中に立ち入ってみれば相当にみすぼらしい。まさに古代遺跡である。それにしてもそんな大昔にこれだけのものを作って、大々的にショーをやっていたというのには驚く。
「コロッセウムってすごい!!」
 と日記には書いていなかったが、アルバムには書いてあった。クレーンも何もない時代にあんなものを作った努力に感心する。

 このあたりで昼食をとったはずだが、詳しい記憶がまったくない。きっと、パンか何かを買って食べたのだろう。昼飯といえば、パンかピザというのがお決まりだった。さすがにピザは旨いけれど、パンはいただけない。サンドウィッチのようなものはどれも旨かったためしがない。パンは堅くてぼそぼそだし、中に入っている生ハムのようなものがまた半端な味付けで、食のイタリアとは思えない出来映えであることが多かった。その辺がまたこの国の謎なのである。

 そして、この日の目玉、『フォロ・ロマーノ』である。古代ローマの遺跡群だ。2千年前の街の中心である。入場料が1000円ぐらい。中へ入って見て回る前にトイレへ入ってみたら、トイレットペーパーの直径が40センチ程もあったので驚いた。トイレットペーパーの迫力もすごいが、このフォロ・ロマーノのスケールにも驚く。じっくり見ていれば数時間から半日はかかる広大さで、こんなモノが首都の中心部にデンと座っているのだからすごい。“すごい、すごい”ばかり言っているが、この街の持っている歴史的・文化的価値を考えればとにかく驚嘆せずにはいられないのである。シーザーが「ブルータス、お前もか!」と言って殺されたのが、『元老院』の前だというが、その建物もちゃんと建っている。歴史の時間に習った事柄がこの場所で起きたのかと思えばなんとも不思議な気分だった。

 この旅の目的は山岳都市を見て回ることであって、はっきり言ってローマにはそれほど関心を持っていなかったのだが、とんでもないことである。これほど面白い街もない。世の中にこんな遺跡に溢れた首都があるものかととにかく感動したのである。明日はローマを離れるが、最後に戻ってきてまた残りの部分を見て回ることにしよう。

 それにしても、ローマの持つ独特の匂い、これはいったいなんであろう。嗅ぎ馴染みがあるようで思い出せないこのかほり。花の香りであろうか。と思っていたら、思いがけずその正体がわかった。歩いている私の目の前をスウッと横切っていった男性が一人。その男性から『ローマのかほり』がぷうんと漂ってきたのである。
「あっ!」
 その時私は悟った。それは“ワキガ”の匂いであった。道理で馴染みがあるはずである。日本人に比べて体臭が強めなのか、ローマの街中がほのかなワキガのかほりに満ちているのである。

「ローマってすごい!!」

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