出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その4 イタリアだイタリアだ〜

 5月10日の夜である。西回りで太陽を追っかけてきたので、今日は一日がとても長い。日本では既に朝なのだ。何にしても、ついにローマに着いた。入国審査は極いい加減。パスポートをパラパラとめくって私の顔をちらりと見たらおしまいである。おそらくこれが最初に目にしたイタリアらしさなんだろうなと思った。

 無事入国を済ませ、さて、これからどうするか。といっても、市内に行ってホテルを捜すしかないのだが、やはり不安は大きい。横にいる日本人の団体に助けを求めようか。ツアーコンダクターにホテルを教えてもらうぐらいはいいだろう、なんてことを考えるが、自分のところの団体客に一生懸命になっているところへ、関係のない人間が煩わしいことを尋ねてくればかなりの迷惑だろうと考えて、やはりやめておいた。

 とにかくタクシーで市内まで行こう。運ちゃんにでも訊けば適当な宿に連れて行ってくれるかも知れない。実は、さきほどからタクシーの運ちゃんらしき連中が数人ほど、客引きのようなことをやっている。すると、こちらから声を掛けるまでもなく、一人の男が英語で話しかけてきた。とてもうさんくさい。なかなか二枚目のあんちゃんだが、人間がいい加減そうである。「市内まで行くのか」とか「ホテルは決まってるのか」とかいったことを尋ねてくる。あまり信用のおけない男だと思ったので、手を振って「無用、無用」という意思表示をしたものの、そう簡単に引き下がるようなたまではない。

「良いホテルを知っている」

 その言葉にグラッと来た。多少の危険はあるものの、ホテル探しはここで彼に任せてしまった方が楽である。「グッド・ホテル、グッド・ホテル」とあんちゃんは盛んに言う。ここで彼に任せて騙される危険性と、夜の街でホテル探しをしている間に強盗・スリ・引ったくりに遭う危険性。それぞれの極端な可能性を天秤に掛けて、私が「うーん…」と悩んでいるうちに、あんちゃんは携帯電話をかけ始めた。馴染みのホテルに連絡をして空き部屋の状況を尋ねているようだ。私はまだ何も返事をしていないが、既にあんちゃんは「OK、OK」と親指を立ててニコニコ顔である。「レッツ・ゴー!カモン」とかなんとか、もう事が決まったような態度で私を先導していく。さて、どうしたものか。彼のことを振りきって別の運ちゃんのところへ行こうかと思っても、他の連中が特にまじめそうに見えるわけでもない。

(ええい!)と、ここは覚悟を決めてあんちゃんに身を委ねることにした。駐車場へ行くと、あんちゃんは一台の小さな白い車の前で立ち止まった。

(うわぁ、白タクだあ)
 正規のタクシーは車体が黄色いはずである。あんちゃんの車は文字通りの白タクに間違いない。
(こいつは、ぼられる)
 そう思ったが、もう断れそうになかった。後から思えば、せめてこの時点で料金を交渉すべきだった。ホテル代も含め、なんとか食いさがっておくべきだったのだが、そこは初めてのことで弱気になっていたところもあって、もう、ぼられても仕方ないという気分になっていたのである。

「たとえぼられたとしても、正規のタクシーでも空港から市内への料金はかなり高く付くということだから」
 というよくわからない慰めを自分に言い聞かせた。

 あんちゃんは私を助手席に乗せるとすぐに車を出した。私は、後にも先にもこれほどモーレツな運転の車に乗ったことはない。かなりいい加減なあんちゃんだろうとは思っていたが、こんなにも凄まじい運転をするとは思わなかった。空港を出ると、しばらくはハイウェイを走った。片側2車線と思われる道路だった。“思われる”と書いたのは、車自体は決して2列などでは走っていなかったからだ。これはあんちゃんだけの問題ではなくて、イタリアの常識と言えるのだろうが、かなりの混雑にも拘わらず、というかむしろ混雑してるが故か、車線などお構いなしで皆が縦横無尽に走り回っている。横に3台並ぶのも当たり前だし、右から左から真ん中から、とにかく空いているところならどこからでも追い抜いていく。中にはきっちり車線を守って走っている律儀な車も多少はあるが、そういうのは邪魔者扱いされてクラクションを浴びっぱなしである。

(なんたるデタラメさ加減か。これぞイタリアだ)

 そんな風に感心してもいたが、実のところはそんなゆとりも無かった。何と言ったって、このデタラメなハイウェイの上で、最も際立ってデタラメなのがこのあんちゃんの車なのである。まず他の車との速度差が尋常ではない。百数十キロをキープして、限界までブレーキは使わない。クラクションはほとんど鳴らしっぱなしと言っていい。

「そんなところは〜っ!!」

 どう見ても通れないだろうという隙間をねらって急ハンドルを切り、クラクションの嵐で無理矢理車間を空けさせる。左右数センチずつしか余裕がないかと思われるようなところを突き抜けていく。前に遅い車が立ちふさがっていても決してスピードを緩めない。クラクションを押しっぱなしにして、驚くような勢いでどんどん迫っていく。

「ぶつける気かあ〜っ!!」

 もう限界かと思ったときにようやくブレーキを踏み、決して大袈裟ではなしに本当にあと10センチという距離で衝突を回避する。そのままの車間距離をキープしながらクラクションを浴びせ、あおり続けて、前の車が少し寄った途端に急ハンドルで脇を追い抜いていく。そんなことの繰り返しである。私もさすがにこの運転には恐怖したが、そのうち、

(これ程の運転をするからには相当の腕前なのだろうから、却って安心出来るかも知れない)

 と考えたら気が楽になった。そればかりか、あまりの凄さにだんだん面白くなってきて、ひとりでニヤニヤ笑い始めた。当のあんちゃんはそんな運転をしながらも全く緊張感が無く、なにかと私に話しかけてくる。

「俺は大阪に日本人の友達がいる。タカハ〜シだ」
 適当なことを言っている。
「ホントに友達かね。どうせ俺みたいにカモになった客なんじゃないのか?」
 私は心の中でそんなことを言った。

 ようやく恐ろしいハイウェイが過ぎて、ローマの市街へ入った。深夜なので交通量も人の姿も少ない。私はローマの夜の街並みの美しさと大きさ、そしてなにより普段見慣れている日本の都市景観とのあまりにも大きな差異に目を見張った。まさに異国であり別世界である。
(なんたる違いであることか)
 外国へ来たという事実を初めて実感したのはこの時であると言っても良いかも知れない。ただ感動した。

 そんな感慨も束の間、あんちゃんの車はある小さなホテルの前で停まった。あんちゃんは三つ星のホテルだと言っていたが、看板についている星は二つである。やはりいい加減な男だ。さて、いよいよ白タク料金の支払いである。いったいいくらふっかけてくるかと思ったら、250,000リラだという。100リラがだいたい10円ぐらいなので、25,000円である。ふざけやがって。といっても相場を知らないので、どのぐらいぼられているのか分からない。まあ、2,3倍にはなってるだろうなあと思いつつも、値切り交渉はしなかった。相手はちんぴらであるし、怒らせても面白くない。ただ、シャクなので領収書を要求した。別にそれをどこかへ持っていこうというつもりもなかったが、何かの時の証拠にはなろうかと思ったのである。すると、あんちゃんはちょっとうろたえたが、私がじっと見つめると仕方なしに書き始めた。渡されたレシートを見ると、25,000リラと書いてある。ゼロが一個足りないと言って突き返すと、あんちゃんは白々しくも、
「オー、ミステイク!」
 などと下手な芝居をしたが、結局観念してゼロを付け加えた。つくづくデタラメな男である。

 さて、グッド・ホテルだとの前宣伝だった宿は、あまりグッドには見えなかった。ロビーとも言えないただの廊下のようなエントランスホールの突き当たりに小さなフロントがあり、このちんぴらあんちゃんと結託した、人相の悪いオヤジが立っていた。服装はスーツでぱりっときめているし、背格好もすらりとしてなかなかダンディなのだが、表情が冷ややかである。笑顔に温かみが無く、一見して善人ではない。あんちゃんのお友達だから仕方ないが、この雰囲気ではここでもまたぼられるのだろうなと思った。とはいっても、夜中の12時にホテル探しをして、安くてよい宿を見つける自信など無いし、とにかく早く休みたかったということもあって、この日ばかりはあきらめるしかなかった。パスポートをフロントで預かると言うから預けたが、なにか悪事に利用されそうで不安だった。

 部屋へ入ると、まあ悪くはない。シャワーもテレビも付いている。テレビをつけてみると、日本の時代劇をやっていた。字幕ではなく吹き替えなのでとても変である。真顔の北大路欣也が、ちょんまげ姿でイタリア語を話すというのは、あまりにも違和感があってたまらなく面白い。他のチャンネルを見てみると映画のラブシーンをやっていた。ヘアーも包み隠さずなので、さすがイタリアだと思う。しかし、とにかく疲れているので北大路やヘアーに気をとられているわけにもいかないのだ。とっととシャワーを浴び、最初の旅日記を付けて寝た。

 翌朝、部屋に朝食が運ばれてきて目覚めた。パンが中心の軽い食事だが、コーヒーやフレッシュジュースがやたらにうまくて、さすがはイタリアだと感激した。が、その感激も束の間である。いざチェックアウトで、例の怪しいオヤジに180,000リラ請求された。これも相場の2倍以上取られたんだろうなという感じである。シャクだが、オヤジは強面なので逆らわずに払った。要求せずともレシートはちゃんとくれる。あの白タクのあんちゃんとは態度が違って、こちらは堂々としている。
「別にやましいことはございませんよ」
 といった表情で、ちょっと憎たらしい。イタリアへ着いたとたん、一晩で現金4万円以上が消えてしまった。ガックシである。が、ホテルを出たら嫌なことは忘れて次を楽しもう。今日はローマを一日見て回るのだ。朝から大快晴の素晴らしい天気である。

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