出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その2 マダム〜

 先頃、各国人の偏見ぶつけ合い番組、『ココがヘンだよ日本人』が終わったようである。私はあの番組を見るとどうにも気が萎えるので、ここのところずーっと目に触れないようにしていたが、とりあえず終わってくれて個人的には喜ばしい限りだ。

 始まった当初こそ、
「多少は世界の人々の理解を深める役に立つかも知れない」

 なんて、ヘンな期待を寄せるところもあったけれど、結局は世の中の偏見の強さ、相互理解の困難さを痛感するばかりの結果となって、ただただウンザリの連続だった。皆、日本に滞在している外国人であるという事で言えば、経済的、知的、性向的に世界の当たり前の人達の集まりというところからはやや偏向しているだろうが、それでも良識的な人から単純で攻撃的な人まで、それなりに網羅的にいろいろなタイプの人間が集まっていたとは思う。

 で、結局、偏見と我の強い輩ほど声がでかい、といったことを再確認するぐらいが収穫で、後は「あいつはどうしようもない」とか、「どうにも気に食わないあのバカヤロウ」なんて感情を視聴者に抱かせるのが関の山である、といった印象の番組だった。もっとも、テレビなので、いわゆるサクラ的な演出があったという可能性も一応しっかり受け入れておくべきではあろうけれど、そうだったらそうだったで、またなんとも楽しくない結論ではある。

 さて、どうしてこんな話から始まったかというと、私はフランス人に偏見を持っているということを言いたいからである。これまたさて、どうしてイタリア旅行の話にフランス人が出てくるのかというと、それはイタリア旅行の一部に、フランス人が出てきたからである。その女性は私に、フランス人に対する偏見を持たしめた。私はこれを“偏見”だと思っている。そう思っている以上、一般的フランス人の本当の姿を的確に捉えた見方ではないと認識している。“偏見”とは、自分では客観視しているつもりになっている偏った見方のことなのかも知れない。そうだとすれば、自覚ある偏見は偏見とは言えないのかも知れない。なんにしても、自覚ある偏見はそれほど質が悪くはないだろうと思う。次の機会にその偏見を捨てるか、中正な意見として採用するか、その判断がしやすいからだ。と、しちめんどくさいことはこのくらいにして、本題に入る。

 3月いっぱいで退職したものの、仕事の切れが悪いからと結局1ヶ月はアルバイトとして働いた。イタリアへ行く前日まで割と忙しく仕事をしていたので、ゆっくり旅の準備をする時間もなく、出発当日はほとんど徹夜で迎えることになった。国内線は何度か乗っているが、成田空港は初めてである。朝7時半に空港に到着するも、どこがどこやらわけが分からず、しばらく彷徨い歩いた。苦労の末、出発ロビーに辿り着いたが、搭乗手続きにやたらと歩き回らせられる。荷物を預けるため、係員の指示に従って、あるカウンターの前に並んだ。そこに、そのマダムがいたのである。

 私の目の前にいるその白人のマダムは、年の頃40歳前後、細身で背は私より10センチ程も高いだろうか。180センチ位はある強面の大女だ。どうやらツアーコンダクターのようで、大量の荷物を床に並べて手続きの順番を待っていた。荷物の数を確認などしながら、客なのか同僚なのか分からないが、もう一人の人間とフランス語で会話をしている。彼女が話していたのがフランス語であることは間違いがない。私は大学の第2外国語でフランス語をとっていたので、意味は分からずとも、少なくともフランス語であるという認識はできる。フランス語圏は世界中にいくつもあるので、フランス語を話しているからフランス人であるということはもちろん言えないが、彼女の率いた団体が、そのあと私が乗った同じ飛行機でソウルまで行き、そこからパリ行きの便に乗り換えようとしているところを私は確認しているので、まずフランス人に間違いないだろうと思われる。

 その彼女が、突如振り返って私に英語で話しかけてきた。

「Are you group?」

 意味的には『あなたは団体客ですか?』だが、雰囲気としては、『あんた、団体かい?』という感じである。恐い顔で人を見下ろしながら言う。なんでそんなことを尋ねてきたのかと言えば、
そこが団体客用の荷物受付カウンターだったからだ。ところが私はどう見ても一人で、もちろん客の荷物を預かっているツアーコンダクターにも見えそうにはない。私が個人客にもかかわらずそこに並ばされているのは、私が団体割引の格安航空券を持っているからで、実際には個人客だが建前上は団体客のうちの一人ということになっているのである。

 唐突な質問に少し戸惑った私はしばらく黙っていたが、結局は「Oh,group.」と正しいはずの答えを返した。しかし、最初の“間”が悪かったのだろうか、その恐ろしいマダムは、私の言うことなどまるで信用していない様子で、私の顔をジッと睨み付けるようにして次のように言った。実際には英語だったが、以後日本語に意訳して書く。

「ここは団体の受付だ。個人はあっちのカウンターだから、あっちへ行きなさい」

 同じ英語の表現であっても、日本語に訳せばいくらか幅がある。彼女が言っていることは、内容的には私に助言をしているようでもあるけれど、彼女の顔つきや語調からすれば、とてもじゃないが親切心から出ている言葉だとは思えないのだ。だから、それは決して、
「ここは団体の受付ですよ。個人の方はあちらのカウンターですから、あっちへ行ってくださいな」
 ではない。ややオーバーに表現すれば、
「お前はこっちじゃねえ、さっさとあっちへ行け!この薄のろ馬鹿め!」
 彼女の中ではそこまで言っているに違いない。そういう雰囲気だった。

 その迫力に押されて黙っていると、続けざまに、
「あっちへ行け、あっちは空いている、早く行け」
 とたたみ掛ける。

 相変わらず私が何も言えずにいると、彼女はカウンターまで歩いていき、手続き中の客もお構いなしで男性の係員に話しかけ、なにやらギャアギャア騒いでいる。時々後ろを振り返り、私のほうを指さしながらしきりと何かを係員に訴えている。

(なんだなんだ、俺がなにか悪いことでもしたのか?ただ係員に言われたとおりここに並んでるだけじゃないか。それともなにか間違っているのか?)
 ただでさえ、不慣れな空港で無事出国できるのか緊張しているところへ、わけのわからないマダムの態度で猛烈に不安になった。しかし、やはりおかしいのはマダムの方らしい。血相を変えたマダムに突然怒鳴り込まれた係員もわけが分からないらしく、イライラした表情で近くの同僚にこう言った。

「おい、なに騒いでんだよこの人。わかんねえよ。なんなんだよ?」
 横にいた別の係員がマダムに何かを言い、それで問題が解決したのか、マダムは静かになって私の前へ戻ってきた。

(なんだかわからないが一件落着したようで、よかったよかった。あの騒ぎのお詫びでもしてもらいたいが、とりあえず大人しくなっただけで良しとしよう)
 そんなことを考えていたら、彼女が私の肩をトントンと叩いた。

「お前は8番へ行け。あっちは誰も並んでいない。お前はあっちに並ぶべきなのだ。約束する」

 まだ終わっていなかった。マダムは執念深いのである。

「あの係員に言われたのだ!ここに並べと言われたから並んでいるのだ!なんで、あんたは人のことにとやかく口を出すのだ!あんたには関係ないだろう、放っておきやがれ、このクソマダムがぁ!」
 と、流ちょうな英語でたたみ掛けるように言いたかったが、私には言う能力がなかった。もし能力があっても、言う度胸があったかどうかは知らない。というわけで、この憎たらしい腐れマダムに向かって罵声を浴びせられない悔しさに歯がみをしながら黙っていると、少し離れたところに立って我々の様子を眺めていた女性の係員が、

「He's already done.」

 とかなんとかマダムに言ったのである。そして続けて私に向かって説明した。

「いいんです。手続きはあちらで済んでいるんですよ。ただ、こちらのほうはお荷物を預けていただけばいいのです」

 そう言われて、私はその女性係員に導かれるまま、前に並んでいた団体客の荷物をすっ飛ばして、自分の荷物一個を先に受け付けてもらった。どうやら、このまま並んでいれば私はマダムに攻められ続けるだろう、と哀れに思ったその係員が気を利かせてくれたようである。そして私はようやく鬼マダムの責め苦から解放された。

 彼女がフランス人で良かったと思った。もし、イタリア人だったらこれからその国へ向かう気力が萎えてしまっただろう。このとき私が抱いたフランス人に対する偏見は、

  • 気むずかしい
  • 激しやすい
  • 執念深い
  • わけわからない
  • 日本人を見下している

 といったものである。しかしながら、これは偏見である。あくまでこれはあの鬼マダムについての見解であって、それをフランス人一般に当てはめるのは間違っている。兄や友人がフランスに行った経験を持っているが、彼らから話を聞けば、特に田舎の人達からはそんな嫌な感じは受けなかったし、都会でもそんな不快な体験はしていないと言う。おそらくそうだろう。もちろん優しい人も多いに違いない。どこの国にだっていい人から悪い奴までひととおりはそろっているのだ。そんなことは分かっている。そうは思うものの、でもやはり全体的にはそういう傾向があるのではないか?という思いは抱き続けている。トルシエなどを見ているとどうもその考えに後押しをされてしまう気がする。後にも先にもフランス人と接したのはこのマダムだけなので、何とも判断のしようはないはずなのだが、そういう思いは払拭できない。偏見とは根深いものであるし、驚くほど簡単に作られてしまうものである。

 しかし考えてみると、マダムが騒いでいた動機というのは、やはり親切心から出ているように受け取れなくもない。後ろに並んでいる私がどうなろうと彼女には特になんの影響もなさそうだったからだ。とは言え、あれはどう見ても怒っているのである。度を過ぎたヒステリーである。万が一親切心から出た行動だとすれば、その表現方法が間違っている。だが、多分親切心ではあるまい。そういった動機も無いことはないかも知れないが、実のところ彼女は私が目障りだったに違いない。もし彼女が私の立場だったら、団体だろうと個人だろうとお構いなしに、空いているカウンターへねじ込んで強引に手続きを済ませるのだろう。そんなマダムから見れば、いい若い男が係員に言われたままただ従順に並んでいる姿など、もどかしくてイライラして仕方がないのだ。

 そう。実は彼女は私に発破をかけていたのである。

「もっと自分で機転を利かせて人生を切り開きなさい!判断するのは自分。時には強引にでも門をこじ開けて突き進むのです!」

 ということを彼女は言いたかったのだと今結論が出た。我ながらとても前向きな解釈である。なんにしても全てのことはプラスに転じるのが良い。日本のおばちゃんであれば、自分だけさっさと道を切り開いていくだろうが、我々に何かを伝えようとはなかなかしてくれない。それをあのマダムは、わざわざ私に声をかけ、スパルタ式に責め立ててくれたのである。なんとすばらしいフランス人。フランス人万歳。

 というのも偏見の一つだから、手放しで誉め上げるのも注意が必要である。

 というわけで、まだなかなかイタリアへは着かない。

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