出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その15 最後に再びローマ〜

 ナポリでの夜。ホテル近くの安めし屋に入ると、やたらせっかちなウェイトレスが、
「スパゲッティ?フィッシュフライ?」
 などと、私が言っているものとは全然違うメニューを押し付けてくる。
「それしかできねーよ」
 という意味かと思って、やむなく、
「OK、OK」
 と返事をしたが、他の客を見ていたらやはり普通に何でも注文できるらしい。
「なんだよチクショウ、昨日の晩もミックスフライだったんだぞ」
 と、ちょっと機嫌を悪くした。

 翌朝、そのぐらいしか思い出のないナポリを発って2時間半、10日ぶりにローマへ戻ってきた。明日は朝から空港へ向かうので、今日が観光の最終日。本日は外国へ行く。世界最小の国、『ヴァティカン市国』だ。日本語で表記する場合、“バチカン”と書いてもよいが、“バカチン”と間違ってはいけないので“ヴァティカン”としておく。

 ローマ市内の地図を片手に徒歩でヴァティカンへ向かう。どこからがヴァティカン市国なのやらよく分からないまま、サン・ピエトロ寺院が近づいてきた。

「すげえ!」

 そんな感想である。なんたる暇と金。なんせ建設に120年を費やしたという超豪華建物なので凄いのは当たり前だが、それにしてもだ。こんな建物はキリストの教えには一切関係なかろうに。屋根には高さ5,6mほどもあろうかという誰かさん達(聖人?)の全身彫刻が数十体も並んでいる。中へ入ればルネッサンスの巨人達による絵画や装飾に埋め尽くされていて、なんとも分かりやすい“美”の表現だ。実に西洋らしいと思った。西洋文化の集大成というか、とにかく目で見て分かる、手間暇、きらびやかさが全てというような価値観は、とても直接的で分かりやすいが深みがない。キリストの教えは精神の問題であるはずだが、後の世のカソリックの総本山がこれほどの唯物主義的価値観に満ちていることに嘆かわしさを覚える。

 日本人観光客が寺院内で騒いだり、とてもマナーの悪い態度を取ったりしたために、『静粛令』なるものが出されて、以後寺院内ではガイドもできなくなったと、ここでは日本人は名指しで嫌味を言われる立場らしい。そんなこともあって、祈りの場所たる寺院内はそれなりに静かだが、視覚的には騒々しすぎる。ロックを聴きながら文章を書いているようなもので(今の私の状態)、こんな環境では本来祈りには適さないだろう。キリスト本人がここに来れば、どこかもっと落ち着ける場所に早々立ち去ってしまうに違いない。

 といったわけであまり感心しなかったサン・ピエトロ寺院を後にして再びローマ市内へと向かう。よく見かける光景だが、道端でカップルがイチャついている。背もたれのないベンチをまたぐように向かい合って座り、チュッチュチュッチュ、イチャイチャベチャベチャしている。そのぐらいの表現では足りなくて、本当はグチャグチャしている。グチャイチャイチャグチャしながらそのままなにかを始めちゃいそうな勢いで、それを通行人のすぐ横でやっているから、凄いなあと思う。凄いなあとは思うが感心はしない。なんだよオイ、と言いたくなるが、もちろん言わない。言っても分からないだろうから言っても構わないかも知れないが、言う必要もないので言わない。てなことを思いながら通りすぎる。

 ローマ市内に戻って、以前に見ていないところを見て回った。例の有名なマンホールの蓋、『真実の口』にも行ってみたが、実にどうってことない。観光客には大人気で、手を突っ込んだ状態で写真を撮る人多数だが、もちろん1人で手を突っ込んで喜ぶ馬鹿もいないので、私はそのまま眺めて立ち去った。

 まだ見ていないところはないかと歩いていたが、たいしたものは残っていなかった。気が付けば再びフォロ・ロマーノやヴィットリアーノが見える。ああ、我がイタリア観光も終わりぬ。フランス人の鬼マダムに責められて始まり、韓国人スチュワーデスに冷たくされ、白タクあんちゃんとヤクザなホテルにぼったくられ、ジプシーに襲われ、インドネシア人と間違われ、可愛い女の子達にしばしポーッとしつつ、激しいばあさん達にいたぶられ、レストランで疑われて、それでも最後は平和にローマにたどり着いた。あとは日本へ帰るだけだ。

「海外に行くと、価値観が変わる」

 と、出発前に言われたが、確かに日本のことを見直すきっかけになった。方向を見失った現代日本文化の不毛性を感じたし、西洋的価値観からすると日本がいかに変な国に見えるかがよく分かった気がする。イタリア美人は確かに綺麗だが、やはり私は日本の女の子達(女性全般とは言えない)が好きだということを再認識もした。日本人がいかに西洋化したとはいえ、まだまだ精神性を重んじる文化が染みついているのだなあという事を、西洋文化の唯物性というものを知ることではっきり認識することもできた。一方では日本の街の汚さ、猥雑さ、そして人々の公共心の低さに情けない思いを抱いた。

「日本人は“美しさ”に対して繊細だが、“醜さ”に対して鈍感だ」

 というようなことを言った外国人がいたらしいが、全くその通りで、誇れる部分と恥ずかしい部分とを併せ持ったこの国はいったいなんなのだろうかととても不思議になる。「ここが変だよ」と言われるだけのことはあるのかなとは思う。もっとも、日本人の持つある種のマイナーな価値観こそ優れていて、それをこそ世界に拡げるべきなのだと思う部分も少なくはない。結局のところ、日本人は相対的に見ればそれほど悪くはないなと思ったのである。それがこの『イタリア失業旅行』を経験しての結論と言えば結論だが、別に無理に結論を出す必要もない。まあ、疲れたし、随分金も使っちゃったが、良い経験であったとは言えるだろう。

 そういえばもう一つ結論。

「イタリアで外食ばかりをしていると、いかに歩き回ったとしても、きっと太って帰ってくる」


イタリア失業旅行記 完結
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