出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その14 世界一の神殿〜

 この日の目的地はパエストゥムというところだ。世界一美しいギリシャ神殿があるというので行くことにしたが、なかなか容易にはたどり着けないところだった。まずはこの日の朝にさかのぼる。

 ポンペイで迎えた朝。割と早いうちにホテルを出て、私鉄の駅へ向かった。それにしても野良犬の多いことよ。歩きながら360度を見回せば、視界のどこかに必ず野良犬がいる、というぐらいの数だ。日本じゃ今や野良犬なんて目にすることはほとんどないし、私の年代だと子供時代であってもこれほどの野良犬を一度に目にした経験はないので、なんとも妙な光景に映る。行政がなってないのか、それとも野良犬も野良猫同様に野放しにしているのが当たり前という感覚なのか、理由はわからないけれど、こんなところにもお国柄の違いが感じられる。

 パエストゥムへ向かうためにはサレルノというところで乗り換えなければならない。サレルノへはナポリから行く。というわけで、ここポンペイからナポリへ行く電車を待っていたのだが、実はポンペイから直接サレルノへ行く電車があることがわかった。しかし後の祭り。私鉄のチケットも買ってしまったし、ナポリ経由でも結局は同じ電車に乗ることになるようなので、とりあえずはナポリへ行って重いリュックを預けてしまおう、と考えたのが間違いだった。来た時は快速か何かだったのだが、この日のナポリ行き電車は各駅停車。予想外に時間を要して、結局ねらっていたサレルノ行き電車には乗れなかった。次のサレルノ行き電車の発車までにはまだまだ時間がある。本当に驚くほどに時間がある。仕方がないので先に宿探しをした。この晩はナポリ泊なのである。

 ところで、ポンペイからナポリへ向かう電車でこんなことがあった。この電車、対面した4人掛けのブロックが単位になっているのだが、その向かい合った椅子の距離がとても近い。膝と膝がぶつかるぐらいの近さだ。また、椅子の幅も狭くて隣の席とも密接しているから、膝の前や股の間に荷物を置くようなことは出来ない。網棚も無いか狭かったかで、パンパンに膨らんだリュックを上げることはできなかった。というわけで、とりあえず空いていた隣の席の上にリュックを置いておいた。私は普通ならよっぽど空いている時以外は荷物を横の席に置いたりはしない。他の乗客が座れないでいるのに荷物を置きっぱなしにしているような輩が大嫌いなタチだが、このときばかりは膝に抱えるレベルの荷物では無いために、仕方なく置いておいた。乗ってしばらくはよかったのだが、ナポリに近づくにつれ車両内が混んできた。普段ならここで荷物を抱えるか下に置くかするところだが、その余地はなかった。そのうちにどんどん空いた席が埋まって行き、最後に荷物のある隣の席だけが残った。さて、どうしたもんだろうと迷ってる所へ1人の老婦人がやってきた。この老婦人、実は老婦人というよりはバーサンである。ポンペイの物売りバーサンとはタイプの違ったバーサンだが、やはりこの私に“バーサン”と言わしめるだけのキャラクターを持ったバーサンである。

 このバーサン、荷物が置いてある椅子を見て何やらわめいた。イタリア語なのでもちろん何を言っているのか分からないのだが、おそらくはこんなことだろうと察せられる。以下推測。

「なんだってこんなとこに荷物を置いてあんだい!まったく非常識だねあんた!年寄りが立ってんだからとっとと荷物をどかさないかい!まったく近ごろの若いインドネシア人ときたら!」

 ちなみに私はインドネシア人には普通見えないと思う。バーサンがこの最後のくだりを発言した可能性はおそらく0.1%以下だと思うので念のため。とにかく、私はその剣幕に押されてあわててリュックをどかし、前へ置こうか、何とか上にあげようかと試みたがかなわず、結局重い重いリュックを膝の上に抱えることになった。まあ、背負って歩いているものだから、実のところどうしても抱えられないという程の重さでもない。こんなことならもうちょっと早めに抱え込んでいればよかった。そうすればあんなバーサンにいじめられることもなかったのだ。

 とにかくこのバーサン、あまり性格がよろしくない。私がリュックをどけた後も、なんやかんやと周りの乗客にむかって大声でわめいている。以下推測。

「まったく、なんだってこんな世知辛い世の中になっちまったんだい!いい若いインドネシア男が年寄りに席も譲らず、何を言っても答えやしない!長生きなんてするんじゃなかった!ああ、ワタシャとっとと死んじまいたい!」

 ホントにこんなことを言ってるんだろうなあと想像しながら眺めていた。何を言われているのか分からないので弁解することも出来ず(日本語で言われたとしても弁解はしていなかっただろうとは思うが)、周囲の乗客の視線を痛く感じながらどんな顔をしていればいいのかも分からずに、しょうがないから「もう知らない」ってな顔でシレッとしていた。このバーサン、どうも性格がネガティブなようで、なんだか態度が怒りに満ちている。生きる基本姿勢が不平不満というタイプらしい。気持ちが収まらないのか何か知らないが、席に座っても延々と話し続けている。話の相手をさせられていたのが、たまたまバーサンの向かいに座っていたおばさん。初対面であろうこのおばさんに向かって、どうやらバーサンは身の上話を始めたらしい。最初は激しかった口調が、だんだんとしんみりしだして、最後にはなんとおばさんが涙を流した。

「おばあさん、苦労されたのねえ…」

 なんてことを言っている様子。ちょっとうがち過ぎかも知れないが、短時間のうちに見知らぬ人間に涙を流させたことにこのバーサンがとても満足していると、私には感じられなくもなかった。イタリアのバーサンはなんだか凄い。

 さて、話をもとに戻す。ナポリで宿を決め、大きな荷物を置いてきたものの、まだまだ時間がある。それまで国立考古学博物館でも見ていようかと思ったが、まずは両替の必要があったので駅へ向かった。たまたま見ると、12時15分発サレルノ行きという電車がある。各停なのか、乗車時間は長いようだが、13時10分発の電車よりは少し早く着く。急遽博物館に行くのをやめて電車に乗りこんだ。しかし、これぞイタリアなんだが、予定時刻になっても全く動く気配がない。そのうち20分が過ぎた。当たり前のように発車しない。これなら13時10分発の電車の方が結局早く着くということでそちらに移動した。こんなことなら博物館に行っておくんだったと後悔しても今更しょうがない。

 1時間ほどでサレルノへ着いた。ここで乗り換えて目的地のパエストゥムへと思ったら、なんと次のパエストゥム行き電車が出るのは3時間後。なんだそりゃ。到着時刻は6時だ。そんな時間にむこうに着いて、はたして帰って来れるのか。甚だ怪しい。というわけで色々調べてみると、どうも電車は途中のBattiなんたらという駅で分かれているようだ。そこまで行く電車はもう少し頻繁にあるので、とりあえずそのBattiなんたらまで行ってみることにした。きっとそこでパエストゥム行きの電車が来るだろう。と、やって来たけれど、結局他のパエストゥム行き電車はなかった。なんたるド田舎か。仕方がないからタクシーで行こうと思ったら、タクシーも無い。あちゃー、もう帰っちゃおうか。半分あきらめかけたが思いとどまった。長時間かけてここまでたどり着いたのに、これで引き返したら1日が無駄になる。ここはグッと踏ん張って、とりあえずトイレへ行こう(トイレでグッと踏ん張るという意味ではない)。なにか状況が変わるかも知れない。

 トイレから出てくるとタクシーが出現していた。良い展開だ。近づいて行って女性の運ちゃんに話しかけた。

「トゥー、パエストゥム」

 一応通じた様子だが、今一つ彼女には確信が持てなかったようだ。彼女はメモ用紙を取り出してそこに何やら書き出した。見ると下手クソな神殿の絵だった。私は「イエスイエス」と答えて値段の交渉に入った。初日の晩、白タク暴走あんちゃんの苦い思い出がある。料金の交渉は事前にきっちり済ましておかなくてはならない。距離はどのくらいか知らないが、40000リラだと言う。ちゃんとした正規のタクシーだし、きっとボッタクられてはいないんだろうと判断して了承した。

 そこそこの距離を走って、遺跡に着いた。そういや、このタクシーでは後部座席に座った。タクシーだから当たり前なのだが、あの晩の白タクでは助手席に座らされた。思うに、白タクだということがバレにくいように助手席に座らせたのだろう。知り合い同士が2人で車に乗る場合、同乗者は助手席に座るのが自然だ。ただの狼藉野郎だと思っていたが、そんなことにも意外と気を遣っていた暴走あんちゃんだったんだなと気がついた。まあ、単なる悪知恵には過ぎないが。

 神殿はだだっ広い野っ原にあった。一応遺跡公園ということになっているらしい。安い入園料をとられた。

「あれえ、これだけえ?」

 決して世界一美しくはない。かなり崩れているし、周囲にはなにもない。ただポツーンと赤茶けたみすぼらしい神殿が置いてある感じだ。これは果たして40000リラ払ってまで来た価値があるものなのか。

「だまされたか!」

 そう思ってトボトボ公園内を歩いていると、遠くの方に何かが見える。もう一つ神殿があった。
こちらが本命だった。なるほど、近づけば確かに立派な神殿には違いない。2500年前の遺跡だから、随分傷んでいたものを一生懸命修復したものだろうと推測するが、まさに典型的なギリシャ神殿だ。簡単に言うと、柱ばっかり。昔はカラフルだったようだが、今は見る影も無い。だが、建物の状態としては確かにギリシャのパルテノン神殿なんかよりしっかりしているようにも思う(あちらの神殿は生で見たことはないけれど)。建物だけで見てみると、世界一美しいと言う人がいるのもわからないではない。神殿のほかにバジリカというパエストゥム最古の建物もあって、この2つを見ているのはなかなか楽しいし感動的だが、しかし、その割にはここは知名度が低過ぎる。パルテノンに比べたらほとんど無名といっていいだろう。なぜだろう。思うにロケーションが悪いのだ。あちらは首都アテネのアクロポリスの丘の上という絶好の立地だが、こちらは電車もめったに走らぬド田舎の野っ原のまん中。神殿の周囲には街の遺構も残っているが、ほとんどは基礎部分のみで、あとは草っ原である。殺風景で絵にならないこと甚だしい。どうしてこんなところに建てちゃったかなというような所だと言っていいだろう。パルテノンは白くて強い日差しに映えるけれど、こちらの神殿は赤茶けている。周りの緑がまた不釣り合いに感じられる上、やたらとトカゲも這い回っている。というわけで、『地球の歩き方』には“世界一美しいギリシャ神殿”とあったけれど、実際にそうだと納得する人はきっと少ない。でもまあ、なかなか感動的ではある。来て損したとは思わない。無名かつ交通の便が悪いために観光客もとっても少ないし、のんびりじっくり見るにはいい。立派な博物館もある。知る人ぞ知る穴場と言えるだろう。

 ナポリへの帰りの電車はなんとか30分ぐらいの待ち時間で乗ることができた。しかし駅を探すのには随分苦労した。バールで2回も道を尋ね、さんざん歩いてようやくたどり着いてみれば、駅にいたのは日本人の新婚カップルのみ。異国の地の駅のホームで、日本人3人だけが電車を待っているのだから、この土地がどれほどの田舎か分かるというものだ。ナポリ行き最終電車は予定時刻より1時間ほども遅れて到着した。イタリアの鉄道のいい加減さにはすっかり慣れて、この頃にはあきれることもなくなってしまった。

 明日はいよいよローマへ戻る。

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