出不精が行く!!
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イタリア失業旅行記 〜その12 アルベロベッロの幸せ〜

 バーリから私鉄に乗って、ブドウ畑やお花畑(自生してるだけだと思うが、季節が良かったのかあちこちでよく見かける。この私に花の種類が分かるわけもないので、要するに“なんの花畑”というやつ。かなりきれい)を眺めながらのんびりしていると、アルベロベッロの駅へ着く(実はのんびりばかりではなくて、途中の駅で下ろされてバスに乗り換えさせられたりしながら、よく分からないままにやっとこさ着いたという感じだった)。それにしてもイタリアの郊外の風景というのは本当にのどかで美しい。町を少し離れるとどこにでもこんな風景がひろがっているのだから、実にうらやましい限りだ。

 アルベロベッロは、それまで廻った山岳都市とは趣が大きく異なる。そもそも山岳都市なのかという気もするが、例の『イタリア中世の山岳都市』(竹内裕二著 彰国社)にはちゃんと山岳都市として載っているので、きっとそうなんだろう。

 ここは、知る人ぞ知る“トゥルッリ”の町である。単数形だと“トゥルッロ”。とんがり帽子のような円錐形の屋根を持つ、白い外壁のかわいい家のことだ。壁の構造は石積みで、内外とも白石灰を塗ってある。屋根も厚さ4センチの平らな石を積み上げたものだ。屋根のてっぺんには、“カゼッレ”と呼ばれる装飾がつけられている。よく見るといろんな形があって、魔除けや占星術的なおまじないの意味合いを持っているそうである。この住居形態は、中近東からギリシャを渡って伝わってきたとも考えられているらしいが、はっきりした起源は不明とのこと。石器時代の住居と同様、トゥルッロも円形プランの集まりで構成されていて、石器時代からの流れがそのまま存続されてきた形だろうとも言われているそうだ。

 おとぎ話の家のようだとかムーミン谷みたいだ(ドーミン谷じゃない)などと、『地球の歩き方』にも感想が述べられているが、確かに見たことのない風景で、世界中でここだけにしかない町並みだろう。だが、町を歩いてみると、驚くほどに観光地化が進んでいた。トゥルッリの半分は土産物屋である。店の人が座っていて、あまり感じの良くない目つきで眺めるので、なんだか落ち着かない。ゆっくり見て廻りたいが、どこへ行っても静かに見つめられるので、どうもいたたまれなくて自然と足早になってしまう。このままではとっとと町を出ることになって、時間が大量に余ってしまいそうなので、トゥルッロのミニチュアを製造販売しているお店に入ってみることにした。そこでは、単なる土産物作りには留まらず、もはや職人と化したおじさんが一人、こつこつと小石を積み上げていた。店内には大小様々な縮尺のミニチュアが並んでいたが、結構いい値段がつけられている。大きいほうが出来は格段に良いが、値段はともかく、かさばる上に重いので、泣く泣く小さいのを一つだけ買った。手のひらに乗るぐらいの大きさで、小石の比率もかなりスケールアウトしているが、それでも20,000リラ(約2,000円)もした。小石を接着剤で貼り付けた細工なので、日本へ帰るまでに壊れる心配があったが、家で開けてみると案の定壊れていた(すぐに直せた)。

 昼になったので、飯を食わねばと周りを見回してみると、谷を挟んだ向こう側にもトゥルッリゾーンが広がっていることに気付いた。まずはBARでビール、ハンバーガー、カプチーノにアイスを食して腹を満たしてから、そのゾーンへ入ってみた。するとここは普通の家ばかりで店がない。観光客もあまりいないので、こりゃいいやと思って写真を撮りまくっていると、シエスタで帰ってきたのか、前を歩いている姉妹らしき二人の女の子を見つけた。小学校4年生と2年生といったところだろうか。そのまま自然に追いついていくと、小さいほうの女の子が振り向いて、ものすごく人懐っこい笑顔でニコッと笑うと、
「ボンジョールノ!チャオ!」
 と挨拶をしてくれた。私ももちろん笑って「ボンジョルノ」と返したが、そのあまりの可愛らしさに私は倒れそうになった。

 その後、えらい幸せ気分のまま再び一人で町を歩いていたが、あの子の笑顔が忘れられず、もう一度会って写真を撮ろうと思い、先程別れた彼女の家の辺りへ行ってみた。だが、見当たらない。家の中へ入っちゃったかなあと思っていると、別の家の前でお爺さんとしゃべっている女の子が一人。あの子だ。そこは地流しになっていて、女の子はその水場でペットボトルに水を汲んでいた。水を汲み終わると女の子はこっちへ向かって走ってきた。私を見つけると、また「チャオ!」とニコニコ笑って、そのまま駆けていった。

 写真を撮る間もなく、再び生き別れになった。もう一回来た時こそ写真を撮ろうと思って待っていると、思惑通り女の子が戻ってきた。走りながらまた「チャオ!」と言って私の前を通り過ぎようとしたが、そのままちょっと待った、のジェスチャーをして立ち止まってもらった。写真を撮らせてくれと、これもジェスチャーで伝えると、女の子は笑顔で写真に収まってくれた。私は「グラッツィエ」とお礼を言うと、満足して立ち去った。立ち去る時、女の子が遠くの方でニコニコ笑いながら手を振って(正確には手を開いたり閉じたりを繰り返す仕草)別れの挨拶をしてくれたので、私も同じ仕草を真似て返した。その後、ウキウキの非常に嬉しい気分で歩いていたが、なにか記念にあげればよかったなあと後悔し始めた。そうだ、10円玉でもあげればよかったのだ(せこい)。どうしてそれに気がつかなかったのか。もう一度会う機会があればその時にはあげようと思ったが、結局そんな機会はないままにバーリへ戻る電車に乗ってしまった。

 席に着くと、斜め前の席(斜め前のコンパートメントの向こう側、こっち向き。言い換えるなら、私の席から通路を挟んだ隣の二人掛けの席の向かいの席の背中合わせの席の向かい側の席)にブロンドのえらい美少女が座っているのに気付いた。歳の頃は17,8で、おそらく女子高生だろう。いやあ、綺麗なもんだなあと感心していると、向こうもこちらを興味深げに見ている様子。その娘と向かい合って座っている友達の女の子もわざわざ振り返ってこっちをチラチラ見ている(えーと、そのお友達の席を説明すると、私の席から通路を挟んだ隣の二人掛けの席の向かいの席の背中合わせの席)。こんな田舎だから東洋人が珍しいのかな、なんてことを考えていた。

 そのうち車掌が廻ってきた。私の切符(バーリで買った往復切符)を見ると何やらイタリア語で色々と話しかけてきた。バーリがどうのと言っているようだが、もちろん全く理解できない。イタリア語は分かるかと訊かれたようなので、「ノー」と言って困ったような表情をしてみると、まあいいまあいい、気にするなといったそぶりをしてそのまま行ってしまった。なにかとても気になるが、分からないものはしょうがない。やや呆然とした表情でいると、例の斜め前の女の子が「excuse me!」と声を掛けてきた。ブロンド娘のお友達のほうで、こちらは黒っぽい髪で、なおかつ美少女という事でもない。「英語は話せますか」と訊くので、「少し」と答えると、ニコッと笑って二人そろって私の前の席に移動してきた。これには驚いたが、えらく嬉しかった。ブロンドの娘はちょっとすました感じで一言も話さないが(英語が苦手なのかも知れない)、お友達の方は人懐っこくよく笑う。その娘が、「さっきの車掌の言った事はわかりましたか?」と訊くので、「ノー」と答えると、
「どうやらバーリには二つの違う駅があって、この電車だとあなたが乗ってきた駅には帰らないよ、と言っていたようです」
 と教えてくれた。

 そんなこと言われてもどうすりゃいいかわからない。そもそも電車の本数が少なくて、おまけにえらく遅れてきた電車にやっと乗ったのだから、とりあえず同じ街の中に着くならいいと、納得顔をしてみせた。彼女が「どこから来たんですか」と訊くので「日本です」と答えたが、きっとよく知らないだろうなあと思って、「日本の事を何か知ってますか?」と尋ねると、
「それはとても難しい質問です!」
 と笑いながらも力強く答えた。寂しい事を言うなあと思ったが、先程の教訓を思い出し、ここぞとばかりに日本の小銭を取り出して見せた。10円玉と1円玉の概ねの価値を説明してから、それを二人にあげた。5円玉を見せたら穴を面白がっていたのに、どういうわけかこれはあげなかった。

「イタリアは好きですか?」
 と訊かれたので、もちろん「はい」と答えたが、本当のところはそんなに簡単なものでもない。
「あなた達のように親切な人に会えたときはとても好きです」
 と言いたかったが、我が乏しい英語力がそれを阻んだ。そのぐらい言えよという感じだが、シドロモドロになるのが格好悪いし面倒臭かったのである。

 せっかくの優しく明るいお嬢さんとメチャメチャ美しいお嬢さんなので、これも写真を撮らせてもらおうと思っていたら、二人は次の駅でとっとと降りていってしまった。とてつもなく残念だった。しかし、彼女たちも今日ぐらいは日本のことを調べる気になっただろう。そのうち海外旅行で日本を訪ねてくれたらとても嬉しいなあとつくづく思った。

 アルベロベッロは幸せの町、そしてトゥルッリは幸福のとんがり帽子であった。

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