出不精が行く!!
ホーム      前へ INDEXへ 次へ
イタリア失業旅行記 〜その10 北イタリアへ来た〜

 山岳都市を見るのを取りやめてしまったので、ここから先は予定がない。何処へ行こうか。

 そういえば書き忘れていたので書いておくが、といっても実にたいした話ではないが、気になった事なので一応触れておこう。おそらく前の日のどこかの乗り換え駅だったと思う。もしかするとミラノかジェノバかそのあたりだが、私はちょいと大きな用事を済ませたくなった。要するに腰掛けるかしゃがむかしてやることなのだが、有料のところばかりがあるような話を聞いていた割には、そこは無料のトイレだった。

 ブースが3つ4つ並んでいた。そのうちの一つへ頭を突っ込んでみると、便器はあれども便座がない。
「壊れてやがる」
 普通にそう思った。すかさず隣のブースを覗いてみると、
「ここにもない」
 はて、どうしたことか。その隣を見てもやはりない。結局全ての便器に便座がついていないのである。よく分からない状況だ。その便器は明らかに大便用の便器である。外には小用専用の便器が備え付けられているのだから。しかしながら、大便器にはひとつとして便座がない。便座無しでも使えるタイプなのかと思いきや、どう見ても座り心地が悪そうである。やはり便座は必要だろう。見れば、便座を取り付けるべき金具が付いているようにも思える。これは管理が悪いために、盗まれるか破壊されるかした便座をただ補充していないだけということなのだろうか。

 状況は今ひとつ理解しがたいが、なんにしても私は用を済ませなければならなかった。そしてやや使いづらそうではあるものの、目の前に据えられているのは確かに大便器である。トイレットペーパーも備え付けられているし、水もちゃんと流れる。もちろんブースの扉には鍵もかかる。しない手はない。

 私はトイレットペーパーを2メートルほど引き出すと、それを4つ折りにし、便器の縁に丁寧に載せた。そして、その不安定なトイレットペーパーが落ちないように注意しながら、そっと自分の尻をその上へ置いた。トイレットぺーぺーを間に挟んではいるが、便器は冷たく、その角は堅く痛かった。おまけに体重をかけてくつろぐことができない。体重をかけ過ぎると尻が便器にはまり込んでしまうに違いないからだ。私は半ば“空気イス”のような状態で気張らなくてはならなかった。

「やはりこれは決して便座一体型の便器などではない」

 実際に座ってみて、私はその結論に確信を持った。当時は理解できないままだったが、今振り返ってこのトイレの事を考えたとき、ひとつの可能性に思い至った。実はあのトイレは、ある有料システムを採用していたのではないか。小用は無料である。だが大用は基本的に有料なのだ。大きい方がしたい人は窓口へ行って申告する。

「あのう、うんこがしたいのですが」
「100リラ頂きます」
「はい、100リラね」
「確かに。では、これを。使い終わったらそこの返却口へ戻してください。汚したらちゃんと洗ってから返してください」
「わかりました」
「どうぞごゆっくり」

 こうして彼は便座を受け取り、ゆったり体重を載せて力むことができるのである。もちろん私のように便座なしでも良いという人は(私は便座が無くても良いと思った訳では決してないけれど)、無料で使用しても構わない。といった、そんな画期的なシステムだったのかも知れない。と、書いてはみたものの、やっぱりいつもの如く本当にそうだとは全く思っていない。

 さて、『うんち君…』のネタのようになったが、話を戻そう。いざモンテロッソ・アル・マーレを出発である。小さな駅のホームで電車を待っていると、昨晩私の通訳をしてくれた老婦人とそのご友人が大きなトランクを持ってやってきた。彼女たちとはこの後数時間、電車での移動を伴にしたが、その間に会話らしきこと(私のつたない英語力の故、“会話”と言いきれるほどコミュニケーションはスムーズではないのだ)をして、彼女の旦那が日本に滞在中であるということを知った。

 昨晩、鏡の中の自分がイタリア人に見えたのは、酔った上での全くの錯覚とその時には気づいていたけれど、それでもこのとき彼女に言われた一言は意外に過ぎた。曰く、

「あんたはインドネシア人か?」

 その時は連日の日差しで程々には日焼けをしていたかもしれないが、それでも南の人々に比べたら私は極めて色白だし、バタ臭い顔とは言われても東南アジア系には普通は見えないはずだ。だが白人から見れば東アジアも東南アジアも同じような全くのアジア人なんだなあと、昨晩の自分がますますアホらしく思えた。それにしても、なぜインドネシア限定なのだ?

 さて、急きょ予定を白紙にした私は、次なる目的地をボルツァーノに定めた。オーストリア国境に近いチロル風の雰囲気がある町だ。アルプス山脈の麓である。せっかくここまで北上したのでアルプスも目にしておこうと思ったのだが、着いてみればまだアルプスには遠かった。ドロミテ街道という道をバス旅行するのがお勧めらしいのでそれを目指していたのだが、結局この町に辿り着くために一日中電車に乗っていたので、この日はバス旅行をする時間的余裕がなくなってしまった。バス旅行をしないとなれば、ここへ来た意味は特にない。それほど見どころのある町ではないのだ。綺麗なドイツ風ゴシック建築の教会があったりはするが、それほど大きいところではないから、ぶらついても特に驚くようなものもない。ただ、町並みがこざっぱりとしていて、いわゆるイタリアぽくはない美しさがある。イタリアらしからぬイタリアを体験するには面白いだろうか。ここはイタリア語とドイツ語の両方を使うような町で、看板やレストランのメニューなど、全てが2カ国語で標されている。また、南の方とは確かに民族が全く違うようで、こちらの人々の多くは背が高くブロンドで、いかにも白人然としている。南の方の人々は男性でも背があまり高くはなく日本人とそう変わらないぐらいだし、髪の毛も黒系統が多い。

 とりあえず宿を探した。手ごろそうなホテルを見つけてフロントのシニョリーナに英語で話しかけてみたところ、こちらが英語を使えると思い込んだ彼女はあまりにも流ちょうな英語をたたみかけてきたので、何を言っているのやら全く分からなかった。宿の空室を確認するぐらいのことは毎日口に出しているので、最初の決まり文句だけはだんだんうまく話せるようになっていたようである。だから、先方はこちらが英語をちゃんと話すものだと早合点してしまって、躊躇なくペラペラと話しかけてきてしまう。私としてはすっかり困ってしまうのだが、かといって、田舎へ来ると全く英語を話してくれない人も少なくはないから、いずれにしてもなかなか難しいものなのである。

 それほど楽しんだわけでもないが、ちょっと今までと趣の変わった町の中で食事をして、それなりにくつろいだ。翌朝、バス旅行に行こうとしたが、全く乗り方がわからなかった。必死になって尋ねまわればきっと分かっただろうが、そこまでの執着がなかったので、とっととあきらめた。なんのためにこの町に来たのか分からなくなってしまったが、そんなことを嘆いていてもしょうがない。カモ類がそこらを歩き回っている、緑にあふれた綺麗な公園のベンチで、地球の歩き方とトーマス・クック時刻表に首っ引きで今後の行き先を悩んでいると、突然頭上から「サヨナラ!」という男性の声が聞こえてきた。顔を上げると太ったイタリアーノ風旅行者が目の前を通り過ぎようとしていた。なんでいきなりサヨナラやねん、と関西風に思いながらも、笑顔で「さようなら」と挨拶を返した。と、そんなことぐらいが印象に残っているボルツァーノである。

 結局、突然のひらめきによって、当初は全く訪問の予定のなかったヴェネツィアへ向かうことにした。もはや山岳都市とは全く関係がない。

ホーム      前へ INDEXへ 次へ