出不精が行く!!
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NZ新婚旅行記 〜その8 転落注意〜

 マウント・クックの麓、ホテル・ハーミテージで迎えた朝は前日とは打って変わって大曇天。山なんて見えやしない。この方が当たり前の景色らしいから、つくづく昨日はラッキーだったのである。自然の豊かさを示すように、客室のテラスには色んな鳥がやって来た。雀はもとより、小さな野鳥、大きなオウムのようなケアという鳥に、湖からやって来たのかカモメまでいる。皆、人に馴れているようで、無警戒に近くまで来てエサを食べてくれるから、鳥好きの妻は歓喜していた。鳥と遊んでいるうちに9時になってしまったので、慌てて朝食をとった。フルーツたっぷりのおいしい朝食だった。

 この日の目的地はクイーンズタウン、ニュージーランド有数のリゾート地である。距離にして250kmほど先にある。まずは再びプカキ湖のほとりを走りながら昨日の分岐点へ戻る。プカキ湖は細長い湖で、幅は4〜6km、長さは40kmほどあるが、その40km間をほとんど視界を遮られることなしにクールバスクリンブルーの水面を眺めながら走る。湖の周りには道路以外の人工物はほとんどなにもなく、車の姿も稀で、気持ちいいことこの上ない。この日は曇り空なので前日ほど水のブルーが鮮やかではなかったが、逆に水の色が低い雲に反射する様が美しかった。山の上にかかる雲と水の上にかかる雲とではその色が明らかに違っている。こんな光景を日本で見ようとしてもなかなか叶わないだろう。

 この辺りは山の雪解け水のせいか、湖が多い。クイーンズタウンもワカティプ湖という湖に面しているし、クイーンズタウンへ向かう途中にも3つほどの湖がある。せっかくなので全部に立ち寄りながら道を進んだ。クイーンズタウンまでの道は雪が残るほどの高さではないにしても、それなりに山岳地帯である。乾燥しているせいか、土地が痩せているせいかよくわからないが、この辺りのなだらかな山にはまるっきり木が生えていない。ほとんど一面が芝のような草に覆われていて、背の高いものでもせいぜいが50センチほどの草がポツポツとあるだけである。車を停めて低い山に登ってみたら意外と疲れたが、山頂からの眺めは気持ちがいい。それにしても湖はクールバスクリンだし山は禿げ山に近いから、この辺りの景観は一見美しいけれど動植物相の豊かさという点で見るととても貧弱で物寂しい感じがする。それでもこういう風景はやはり日本では体験できないので、楽しみながら走る。

 ワナカ湖のほとりにあるワナカという街で昼食を食べ、湖畔でのんびりしてから再びクイーンズタウンへ向け出発した。このとき、珍しく道は2本あった。普通、ニュージーランドの2都市間を結ぶ道は1本だが、この時は大きく2つのルートがあった。1つは幹線道路、もう1つは“その他の”道だった。幹線道路はかなり迂回するから、距離にすれば30kmほどは遠回りになる。おまけに今来た道を少しばかり戻らなければならないので、私としてはそもそも幹線道路を選ぶ気はなかった。私は“その他の”道へ進んだ。今あらためて当時の道路地図を眺めてみれば、確かに“unsealed”(未舗装)と書いてある。しかし、その時の私はそんなことも気にせずに進んでいったから、突然道路が砂利道に変わったことに多少驚いた。しかし道は広いし、平坦だし、真っすぐだし、おまけに対向車もないからこれといってなんの心配もしなかった。しばらくは時速50kmほどの速度で順調に走りつづけていた。

 ところがである。なぜか突然車がスリップした。真っすぐな道で、ハンドルを切った覚えもないのに唐突に車が制御できなくなった。バナナの皮でも踏んだのか、そのへんの理由はわからないけれど、とにかく私は大慌てになった。車はまず右の方向へ横滑りして行った。そのままでは路肩から転落するので、慌てて戻そうとなんやかんやハンドルを回してみたら、今度は左へ滑っていく。またハンドルを切ると右へ、そして左へと、ドリフトでフラフラズリズリを何度か繰り返しているうちになんとか車は落ち着いてくれた。その間、車内では中騒ぎである。我々夫婦はあまり騒がない性質なので、大慌てしても大騒ぎということはない。それでも、

「うわあ〜、なんだなんだ」
「え〜、ちょっとちょっと」

 ぐらいの声は上げる。一応心臓はドキドキして、手には汗を握った。すっかり怖じ気づいてしまったので、その後はトロトロと時速30kmを上限に走った。

 そこは山道ではあったが、スリップをした地点は比較的平坦な場所だったので、路肩に落ちても死ぬことはなさそうなところではあった。しかし、その後少しばかり走っていくと、急に視界が開け、道はとんでもない崖道となった。道幅は狭く、下り坂は急で、おまけに断崖の路肩にはガードレールも何もない。その恐怖感たるや、昔、父親が運転する車で走った米沢峠に匹敵するのである(現在この道がどうなっているか知らないが、昔の米沢峠を知ってる方なら大きく頷いているはず)。こんなところで先ほどのようなスリップが起こっていたら、たちまち何十、何百メートル下へ転落していたところである。もし、事前にあのスリップがなかったら、

「おっかないけど、山側に寄って走ってれば大丈夫」

 ぐらいに言いながら、危険な速度で走っていたと思う。何の力が警告してくれたのかは知らないが、おかげでギリギリ車を山側へ寄せて、速度は20kmを上限に驚くほどビビりながら安全に走ったのであった。幸運なことに対向車も来なかった。

 そして道は幸福の幹線へぶつかり、我々は心底安堵した。舗装路はいい。ガードレールは素敵である。結局距離は長くても幹線道路を走っていた方が圧倒的に早かったに違いないが、それでもこういうことがあった方が、旅の思い出としては面白いというものである。殊にこういう文章を書く時にはありがたいのだ。ただし、無事であった場合に限るけれど。まあ、無事じゃなくても日常生活ができる程度に帰ってこれればみんなよい体験かも知れない。いずれ死ぬ人生、そのぐらいにポジティブに考えていると楽しくていいというものだ。

 夕方に到着したクイーンズタウンは、なかなか素敵で楽しいところだった。それはまた次回。

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