出不精が行く!!
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NZ新婚旅行記 〜その1 韓国?〜

 ちょうど10年になる。1993年の12月17日、妻のたっての希望によりニュージーランドへの新婚旅行に出発した。結婚式は10月30日に仙台でおこなったが、よくあるように翌日にすぐ新婚旅行に出発するということはしなかった。妻は体が丈夫ではないし、私もどちらかというと疲れやすいタチで、結婚式の後始末やら、引っ越しの片付けやらがある中、わざわざ疲れた体で慌てて旅立つこともあるまいという判断だった。暮れの休みを早めにとって、クリスマスを夏のニュージーランドで迎え、正月前に帰国してそのまま実家で正月休みを過ごすという、合理的な日程を選んだ。

 私としてはもう一度イタリアへ行ってもいいと思っていたが、なんといってもニュージーランドは『世界で一番美しい国』なんてコピーが付くぐらいのところなので、東京育ちの妻からすると大きな憧れがあったようだ。イタリアへはもう一度行きたいが、海外へ行く機会などそうそうありそうにも無いので、せっかくならば別な国へ行った方がよいだろうと私も思った。イタリアで自由旅行をした私としては、当然ニュージーランドでも自由旅行を選んだ。イタリアでは躊躇したが、ニュージーランドではレンタカーを借りることにした。ニュージーランドは日本と同じで左側通行だし、鉄道網があまり密ではないので、自動車で移動しないと不便で仕方がない。

 出発の飛行機は午後9時半頃に成田を飛び立った。JALのシドニー行き。シドニーでカンタス航空に乗り換えてニュージーランド北島のオークランドへ着く予定である。私が勤めている職場の社長は、妻の父の同級生の弟であって、我々の仲人もお願いしたのだが、その社長の友人に当時JALで機長をやっている方がいた。数年前のハイジャック事件以来、関係者以外のコックピットへの立ち入りは制限されたようだが、当時はまだそういう規定はなかったようで、知り合いが乗る場合などには機長の口利きで特別にコックピットを見学させてくれることが多くあったようだ。我々の場合も、社長が友人の機長に話をしておいてくれた。

 夜中の12時頃、ベテランのスチュワーデスさんが笑顔で我々のところへやって来た。

「鬼山さんでいらっしゃいますね。I機長より話を伺っておりますので、どうぞ、コックピットへ御案内いたします」

 なんだか特別扱いを受けて席を立つことがちょっと照れ臭いような心苦しいような気もしたが、まあなかなか無い機会なので素直に着いて行った。

 2階へ上がり、ファーストクラスを通り抜けて正面の小さな扉をくぐると、狭いコックピットに3人の男性が待ちかまえていた。機長と副機長は白人で、後方に座っている機関士が日本人だった。自動操縦になっているので、皆こちらを向いて話をしてくれた。といっても2人は外人だし、内向夫婦なので多くをしゃべるわけもない。深夜の洋上を飛んでいるので外はほぼ暗黒だが、遠くに小さくサイパンの明かりが見えていた。あまり居心地のいい場所ではないので、写真を撮って早々に立ち去った。

 コックピットを出てファーストクラスを眺めてみると、なにやら見たような人達がいた。当時全盛のアイドル、ウィンクのお二人がごっついマスクをしたまま並んで熟睡していた。歌手なので、やはり咽は大切にしているようだ。普段は睡眠も少ないだろうから、飛行機の中とはいえ、しっかり睡眠をとる良い機会なんだろうな、お疲れさま、と心の中で優しく声をかける私だった。

「空いていればファーストクラスにアップグレードさせて頂くところなんですが、あいにく今日は満席なので、申し訳ございません。こちらだけお持ち下さい」

 そう言って、スチュワーデスさんがファーストクラス用の洗面セットを2人分くれた。こちとら格安チケットで乗っているというのに、なにやら申し訳ない気分だった。

 飛行機がシドニーに着いたのは翌朝の7時半ごろ(日本時間で6時半)だった。すぐに乗り換え用の飛行機にチェックインしようと思ったら、なんだか知らないがえらく待たされた。受け付けの職員が困惑顔なので話を聞いてみると、どうやら予約の時点で入力ミスがあったらしく、乗り換えの飛行機に我々の席がないということだった。そりゃ困ったと思ったが、

「心配いりませんから、ここで待っていてください」

 と言われて通されたのは、エグゼクティブクラスのお客様専用の待合室だった。お金持ちの外人さんたちがソファーに座りながらコーヒーをすすっている。貧乏臭い人達ではないので、すするといってもズズズと音をたてて吸い込んでいるわけではない。身のこなしもなんとなく優雅に見える。家族連れの子供たちも、お坊ちゃま、お嬢様といった風情だ。我々東洋の庶民としては、どうにも場違いな感じがして落ち着かない。実際、他の人達は高い金を払っているからここに居るのだろうが、我々は航空会社の手違いによる結果としてここに連れてこられたわけで、堂々としていちゃいけないような心細さを感じた。色々な飲み物や食べ物が置いてあり、飲み食い自由だったが(“飲み食い”という表現はちょっとそぐわない雰囲気だが)、どうも気後れしてしまって、コーヒーとクッキーぐらいしか取らなかった。我ながらなんたる小心者だろう。次にこんな機会があったら、もうちょっと堂々としていよう。

 この部屋にいるお客にはちゃんと案内が来て、最後の最後にゆっくりと搭乗できるようになっているようだが、どうにも落ち着かない私は、妻を引き連れて早めに搭乗口へ向かった。飛行機に乗ってみれば、案内されたのはビジネスクラスだった。シートは幅があるし、足もゆったり伸ばせる。座席ごとに専用のビデオまでついている。もちろん洗面セットももらった。むこうの手違いのおかげで、とんだ良い目に遭ったものだとほくそ笑んだが、良いことばかりではなかった。

 いよいよニュージーランドのオークランドに着いたのは午後4時(日本時間で午後1時)頃だった。飛行機を降り、荷物が出てくるのを待った。非常に待った。次々に他の客が居なくなって行く中、ずっと待った。最後に我々だけが残り、そして荷物は出てこなかった。

「あちゃあ!」

 飛行機の搭乗手続きの手違いを対応してくれた時、もしかしたら荷物までは気が回らなかったのかも知れない。考えてみれば充分にありそうな話で、その時に我々も荷物のことを注意すればよかったのだが、そこは経験不足ゆえ致し方なかった。旅行前にチラチラと眺めた英会話の本に、『ロスト・バッゲージになったら』なんてことが書いてあったことを思い出した。よもやこんなに簡単にその事態に遭遇するとは思わなかった。

「さて、どうしたもんかな」

 と、周りを見渡してみれば、すぐ横にロスト・バッゲージの専用窓口があった。実に用意のいいことだ。すぐさまそこへ行って事情を説明し、荷物預かりのタグを渡すと、係のお姉ちゃんがオンラインで荷物の行方を探し始めた。少しするとお姉ちゃん、驚いた顔で言った。

「オー、コーリア!」

 荷物は韓国へ行ってしまったのか。でも、明朝、ホテルに届けるという。もちろんタダで届けるので、安心して待っていてくれとのことだった。イタリアで懲りていたので(「イタリア失業旅行記 〜その4 イタリアだイタリアだ〜」参照)、初日と最後の晩だけは、しっかりしたホテル(シェラトンホテル)に予約をしておいたのがよかった。約束通り、荷物は翌朝に部屋まで無事届けられた。

 こんな感じで始まったニュージーランド新婚旅行である。

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